たくさんの企画書を書くだけでなく、
後輩の書くたくさんの企画書を読んできました。
そこで気づくことは、
得意先に貢献するための企画書が、
自分のやりたいことを通すための企画書に変質していることです。
「得意先が求めている部分が抜けているけどなぜ?」
「予算的に厳しいのでカットしました」
「得意先がここに重点を置いているようだけど…」
「それよりも、こっちに重点を置いたほうが企画にパワーが出ると思います」
そういうやりとりは何度もしてきました。
得意先の要望よりも、いつの間にか、自分のやりたいことにシフトチェンジしてしまうのです。
もちろん、「自分がやりたい企画」を否定するつもりはありません。
自分がやりたいと思える企画には熱が入りますし。
ただ、それは得意先の意図や要望を無視していいということではありません。
後輩の熱意に負けて、そのままで出した企画書もありますが、
たいがいの場合、その企画書が通ることはない。
得意先からすれば、自分たちの考えたことを否定された企画書というのは
承服できないとなるのが普通です。
論理や熱意で突破できるものではないのです。
得意先の意図とは異なるけれど、
自分の思いついた企画を提案したいということであれば、
企画書を2つ用意することです。
得意先の要望をちゃんと踏まえた企画書、
そして、もう一つが自分の考えた企画書。
その2種類を提案することです。
得意先として、自分たちの要望を踏まえた上での
新しい提案については、聞く耳を持ってくれることが多い。
もちろん手間暇は2倍かかる。
でも本当にやりたいと思える企画であれば、
2倍の手間暇がかかっても通したいと思うはずです。
博報堂の名物ディレクターだった小沢さんがこんなことを言っていました。
「その道において、得意先は大学院生、博報堂は幼稚園」
得意先の知識や経験に尊敬を持って仕事に臨んでいました。
僕はその考えはすごくまっとうだと思いますし、自分の仕事でも忘れないようにしています。